大和総研コラム

今、マスクをはずしたいですか ?

  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2021年7月21日
  • 大和総研金融調査部 金融調査部長 児玉卓

英国 (正確にはイングランド) で壮大な社会実験が行われようとしている。新型コロナウイルス (以下、コロナ) 新規感染者数が再度急増する中、ソーシャルディスタンスの確保義務、マスクの着用義務などを含む行動規制の原則解除を断行したのだ。感染状況が英国よりはマシな米国でも、州による濃淡はあれ総じて行動制限は緩和の方向にある。MLB (メジャーリーグ) の観客がマスク無しで密集しているさまをテレビ越しで見て驚いた日本人は少なくないのではないか。

コロナの根絶を予見可能な将来に想定できないのであれば、英米ならずとも、遅かれ早かれ我々はコロナとの共存に舵を切っていかざるを得ない。ワクチン接種の進展がそのきっかけを提供することは確かであろう。

私もマスクは嫌いだ。マスク生活から早く解放されたいとは外出するたびに思うことだ。しかし同調圧力とかそういうことではなく、今、マスク無しで電車に乗りたいか、マスク無しで買い物に行きたいか、と問われれば答えは“NO”だ。MLBの試合に集うあまたのマスク無しの観客を見て思うのも羨ましさではない。むしろ怖さ、あるいは自分や家族がその場にいなくてよかったという安堵というべきか。

アングロサクソンは規制嫌いで個人の自由を重んじる。英米の「社会実験」に関連して、こうしたステレオタイプな解説を耳にすることが少なくないが、一つ忘れてはならないのは、英国民も米国民も一枚岩ではない、ということだ。国民性などは相対的なものでしかなく、特に政策論的にはほとんど実質的な意味を持つものではない。そのことを我々は、ブレグジットやトランプ現象でうんざりするほど見せつけられてきたのではなかったか。

つまりマスクフリーのMLBのスタジアムにはほぼ間違いなく裏がある。「マスクをしない自由」を歓迎しない一定数の人々が英国にも米国にもいるはずであり、彼等にとって英国や米国は行動規制緩和前よりも生きづらい、不自由な場所になっているのではないか、ということだ。マスクやソーシャルディスタンスの確保がもたらす一定の安心感が失われた今、彼等にとってMLBのスタジアムは無論のこと、職場やレストラン、あるいは近場のスーパーマーケットでさえも心理的に敷居の高い場所になってしまっていると思われるからだ。

英米の政治リーダーたちは比較的シンプルに、個人の自由を重んじるアングロサクソンという評価を拠り所として、コロナ規制の緩和・撤廃に動いているのかもしれない。しかしその時彼等は、自由が新たな不自由を生み出してしまうこと、そしてその帰結として両国のかねての病である「分断」がより深刻化しかねないことに思いを致したのだろうか ?

それにしても、コロナとは何と厄介な「社会現象」であることか。


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