大和総研コラム

学校閉鎖がもたらした負の遺産

  • 国際
  • 掲載日 : 2021年6月22日
  • 大和総研経済調査部 エコノミスト 増川智咲

新型コロナウイルス感染症のワクチン接種が世界中で進んでいる。WHOのロードマップに則り、医師や高齢者、基礎疾患を持つ人々が多くの国で優先的に接種の対象となる中、それ以外の人々への接種順位に関しては国によって判断が異なる。この状況下で、世界銀行・ユニセフ・ユネスコは、教師をワクチン接種の優先対象とするよう世界に呼び掛けている。183カ国のデータを見ると、約1/3にあたる63カ国が教師を優先接種対象としている (※1) 。その中には、ベトナムやカンボジアのように、医療従事者や重症化リスクの高い人々とともに、教師を最も優先度の高い順位に入れている国もある。

国際機関がこのようなメッセージを出した背景には、新型コロナウイルス感染症の拡大に伴い、多くの教育機関が閉鎖され、それによって数々の弊害がもたらされた事実がある。学校が閉鎖されていた期間、リモート授業や家庭学習が主な学習機会となったが、学習意欲の喪失、学校給食がなくなることによる栄養面での不安、退学率の上昇、子供の非行、社会的孤独、親の仕事への影響等の研究結果が出ている。教育と労働市場の関係に注目すれば、学校の閉鎖で子供の面倒を見るため職を離れる親が特に女性で多く、学校の閉鎖期間が長引けば長引くほど、それらの人たちは、新しく職を得ることを断念し、労働力人口から外れやすいという。また、学校を退学しても職に就けない若年層が非労働力化するケースもある。特に前者のような人たちの存在は、労働参加率の低下を伴う失業率の低下という状況を生み出すこともあり、世界の雇用状況は、失業率が表す以上に悪化しているという見方もできる。

世界中で最も多くの教育機関が閉鎖されたのは、感染「第1波」が猛威を振るった2020年4月で、ユネスコによると、世界の児童・学生の約84.5%が学校閉鎖等の影響を受けたという (※2) 。その後、感染拡大の落ち着きとともに学校の再開が相次いだが、現在でも新興国・途上国を中心に学校を閉鎖し続ける国々も存在する。そして、そのような国々のすべてが感染急拡大期にあるわけではない。フィリピンもその一つで、2020年3月16日から執筆時点の2021年6月16日まで、約1年以上にわたって学校の閉鎖を続けている (学校の休暇を除く) 。

もちろん、教師の感染リスクの低減は極めて重要である。ただし、教師に優先的にワクチン接種を進めたとしても、子供の間で感染が拡大し、その家族で感染が広がれば、再び学校閉鎖という事態に陥ることもあるだろう。そのため、誰を優先とするかという議論よりも、いかにして早くそして効率的にワクチンを国全体に普及できるかという議論の方が、教育現場における感染リスクを減らす最短の手段であるかもしれない。それでも、国際機関が教育現場におけるワクチン普及を促すのには、教育機関の閉鎖によってもたらされる様々な社会問題に警鐘を鳴らし、それを軽減・改善するには各国当局者が、教育の機会と質の回復に一層取り組む必要があるというメッセージが込められているのではないだろうか。

  • ※1ジョンズ・ホプキンズ大学、世界銀行、UNICEF “COVID-19 Global Education Recovery Tracker” (2021年6月16日アクセス時点)
  • ※2ILO “World Employment and Social Outlook Trends 2021,” 2021, p.87

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