大和総研コラム

年金の「老後2000万円不足問題」とは何だったのか

  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2021年3月18日
  • 大和総研執行役員 調査本部副本部長 兼 政策調査部長 鈴木準

金融審議会の市場ワーキング・グループが2019年に公表した報告書で、「高齢夫婦無職世帯の平均的な姿で見ると、毎月の赤字額は約5万円」「不足額約5万円が毎月発生する場合には、20年で約1,300万円、30年で約2,000万円の取崩しが必要」などと述べられた。すると、そこだけが切り取られ、老後の生活のためには公的年金以外に2,000万円の貯蓄残高が必要、年金はあてにならない、政府のいう「年金の100年安心」は虚偽である、などの批判が沸き上がった。

毎月5万円 (正確には5.5万円) の赤字というのは、2017年の家計調査報告に基づくものだ。コロナ禍という特別な状況下にあった点に注意は必要だが、直近の2020年は月額1,541円の赤字で、1人10万円の特別定額給付金があったことを考慮しても1カ月当たりの赤字は1.8万円程度である。2018年は4.2万円、2019年は3.3万円と赤字額は変動するから、2,000万円 (≒5.5万円×12カ月×30年) という数字に絶対的な意味はない。

また、食費や被服費、医療費や通信費などの必需的な支出に加え、各種の税金や社会保険料、高齢期になってからの旅行や趣味などの娯楽費も含めた生活費全部を年金はカバーすべきという考え方に無理がある。高齢世帯が収入以上に支出しているのは昔からで、上述の報告書で明らかにされたわけでも何でもない。高齢期の主な収入は年金だが、蓄えてきた資産を取り崩して生活費を補うのは自然である。

そもそも取り崩す貯蓄がなければ赤字になりようがなく、赤字が5万円ということは、取り崩せる貯蓄が実際にあるからこそ高齢者は収入以上の生活を送っている (そのために貯蓄してきた) ことを意味しているにすぎない。2019年時点の高齢夫婦無職世帯の資産残高は、金融資産だけで平均2,317万円である。

問題は、「老後2000万円不足問題」が一過性の騒ぎで終わり、人々の家計マネジメント力の向上や年金制度に関する理解につながったようには思えないことである。これからの高齢者が経済的に厳しくなっていくことは確かであり、だからこそ漠然とではなく、正しく心配し、対策を講じられるようにすることが政治や政府、メディアや専門家の役割である。

2020年の国会で成立した年金制度に関する法律によって、年金受給の開始時期の選択肢の拡大、在職老齢年金の見直し、確定拠出年金の加入可能年齢の引上げ・中小企業向け制度の対象拡大、企業年金加入者のiDeCo加入要件緩和などが順次実施される。見直しの内容はもちろん、それらが何を意味しているのかが重要である。

すなわち、確定拠出年金制度のメリットをフルに活用し、高齢になってもできるだけ長く働くことで将来受け取る厚生年金を大きくし、受給開始時期を後ずれさせることで割増された年金を終身で受け取る。そのように行動していけば、何もしないよりも毎月の年金受給はずっと大きくなり、受給開始を多少遅らせても寿命が延びていくため受給期間は現在の高齢者より長くなる。

不安を煽りがちな諸条件を固定した見通しに基づいて現状をあげつらうだけでは何も解決しない。人々が能動的に動くことによって社会がダイナミックに変化すれば、将来の展望はまったく違ってくるという発想の共有が求められているだろう。


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