大和総研コラム

「ポスト・コロナ時代」への序曲-あるいは「主権国家の逆襲」-

  • 経済
  • 掲載日 : 2020年5月11日
  • 大和総研経済調査部 シニアエコノミスト 小林俊介

コロナ禍を受けた社会隔離措置の結果として、サービス消費に関わる産業の多くが世界的に壊滅的な打撃を受けている。他方、巣ごもり消費やリモートワーク等の恩恵を受ける分野では代替需要と特需が発生していることもまた、見逃されるべきではない。経済全体に対してはネガティブサムのインパクトを発生させるとともに、勝ち組と負け組を二極化させることもまた、「ウィズ・コロナ時代」の特徴として指摘されるだろう。

もちろん、コロナ狂騒曲はいずれ終焉を迎える。その後、前述した「ウィズ・コロナ時代」の優劣が続くとは限らない。しかし産業構造が「コロナ以前」の時代へと再び回帰するかと問われれば、それも難しいと考えざるを得ないだろう。なぜならば、コロナ以前の時代から始まっていた国際政治経済の遷移がコロナ禍を触媒として加速しているためだ。これが最終的に受容されるのであれば、社会構造の変化が言わば「コロナ・レガシー」として残され、「ポスト・コロナ時代」における経済産業構造を規定することになる。

順を追って整理しよう。コロナ以前から既に始まっていた国際政治経済の一つの潮流が「主権国家の逆襲」-あるいは、グローバルガバナンスの修正であった。国家は「国家主権」「民主主義」「 (ハイパー) グローバリゼーション」の三つのうち、少なくとも一つを放棄せざるを得ない。ダニ・ロドリックが提唱した、この有名な「国際政治経済のトリレンマ」になぞらえれば、冷戦終結を契機として西側諸国は国家主権を限定することと引き換えにグローバリゼーションを進展させてきたと整理される。

しかし進み過ぎたグローバリゼーションは深刻な問題を露呈させた。第一は、「底辺への競争」と「再分配機能の低下」に伴う (国内) 格差の拡大だ。これは戦間期 (第一次大戦終結から第二次大戦開始まで) としばしば重ねられる現象でもある。グローバリゼーションの恩恵にあやかるべく、各国は競って (法人) 所得減税・関税減免・規制緩和に励む。その財源は、 (輸出に有利な) 付加価値税の増税だ。結果として資本効率は高まるが、他方で実質的な労働所得は抑制されることになる。より有り体に言えば、資本家と労働者の格差が拡大する。トマ・ピケティの議論を持ち出すまでもなく、トランプ現象にせよ、サンダース旋風にせよ、英国のEU離脱にせよ、大陸欧州で深刻化するネオナチ運動にせよ、通底しているものは皆、ルサンチマンが導く衆愚政治ではなかったか。

露呈した第二の問題は、中国共産党の台頭に伴う「 (サミュエル・ハンチントンが指摘するところの) 文明の衝突」リスクの顕在化だ。グローバリゼーションの進展が中国経済の躍進に機会を与えたことは言うまでもないが、中国の台頭は通信・航空技術など軍事関連分野でもリープフロッグ的な発展を促し、西側諸国の安全保障を脅かすに至った。米中冷戦の底流にこの問題が存在していることもまた、論をまたない。

これらへの対処こそが、「ポスト・コロナ時代」への伏線だった、とは考えられないだろうか。第一の問題への処方箋として検討されていたのが「ベーシックインカムに代表される所得再分配制度の再設計」、および「過度なグローバリゼーションの是正 (と国家主権の回復) 」である。第二の問題への処方箋としては、「経済のブロック化と内製化の進展」、「軍事関連技術への国家的介入」などが検討・実施されてきた。無論、グローバリゼーションによる経済的恩恵を放棄しながら上述したような政策を行うためには、莫大な財源確保を必要とする。この財源問題を克服するに当たって一部で検討されていたのがシニョレッジ (通貨発行益) の議論でもあった。

上述したような処方箋の多くが、主流派の経済学者・政治学者らの目には荒唐無稽な発想に写ったに違いない。しかし翻って現在、コロナ禍への対応を口実として、前述した対策と近しい政策が矢継ぎ早に実行に移されていることは否定できない。国際移動は半ば強制的にシャットダウンされた。内製化およびサプライチェーンの再構築に向けて、国家を挙げた対策が講じられている。ボーイング等に代表される軍需関連産業の保護は早急に進められている。リモートワーク推進等を奇貨として、中国共産党が近年進めてきたことと全く同様に、仮想空間における監視強化と通信技術の発展が志向されることになる。緊急事態宣言により国民主権は一部制限されることになるが、他方で、一時的とはいえベーシックインカムに近しい現金給付が行われ、一定水準の生活が保障される。そして政府支出の増加は中央銀行の量的緩和によって一旦ファイナンスされる。

かつて荒唐無稽と一笑に付されてきた「グローバルガバナンスの修正」に向けた過激な政策が、コロナ禍を触媒として予定調和的に進められているのが現状、と見做すことも可能かもしれない。もしそうだとすれば、コロナ制圧後の人類は新たな世界秩序を受容するのだろうか。それとも、コロナ以前の世界を希求するのだろうか。この社会選択が「ポスト・コロナ時代」における経済産業の「ゲームのルール」を強力に規定することになる。

[図表] 国際政治経済のトリレンマ

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