大和総研コラム

相場急変時に注意したい退職前後の家計にとっての「順序リスク」

  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2020年3月17日
  • 大和総研金融調査部 研究員 森駿介

新型コロナウイルス感染拡大を機に、市場が揺れている。年明け以降は23,000円台で推移していた日経平均株価は短い間に17,000円を下回る水準まで下落した。ちょうど1年前の2019年3月上旬には2%台後半だった米国長期金利も、一時0.3%台の過去最低水準となった。今後も先が見通しづらい状況が続きそうである。

家計の資産形成・運用において、このような相場の激しい変動から受ける影響がより深刻な層は、退職前後の家計だろう。何故なら、ライフサイクルの中で積みあがっている金融資産が最も大きくなる時期が退職前後だからだ。ポートフォリオ全体の損失率が同じであれば、損失額の絶対水準は金融資産が積み上がっている方が大きくなる。このような時期に金融危機や類似のショックに直面すると、資産形成を始めたばかりの若年層などと比べて影響が甚大になる。

退職後の「運用しながら取り崩す」段階におけるこのようなリスクは、収益率の「順序リスク」 (Sequence of Returns Risk) と呼ばれている。これは、退職後の一定期間の平均収益率が同じでも、収益率の順序の違いにより、保有資産残高の水準が大きく変動するというリスクである。収益率が大きくマイナスになったとき、それが保有資産残高が大きい退職直後に起こったのと、老後資産の取り崩しが一定程度進んだ後の高齢期に起こったのでは受ける影響度が大きく異なることとなる。

このリスクへの対応策として、「定額」ではなく運用資金の一定割合を引き出していく「定率」で取り崩すことが挙げられる。仮に退職直後に収益率がマイナスになり、保有資産が一部減少したとしても、「定率」での取り崩しであれば自動的に取り崩し額も少なくなる。こうすることで、退職後に資産が枯渇するまでの期間である「資産寿命」を延伸させることができる (※1) 。米国では以前からこのような定率取り崩し型のファンドの提供例があったが、近年は日本でも基準価額に対する分配率の目標が設定された投信や定率取り崩し型投信が登場している。また、当初元本の一定割合を下回ると繰り上げ償還するような投資信託は、今回のような相場の急変による影響を最小限に食い止める手段となりうる。順序リスクを踏まえると、相場変動時に短期金融資産の比率を自動的に高める投資信託も望ましいかもしれない。

順序リスクを軽減させるための手段は上記のようにいくつか挙げられる。ただし、現在の日本では、現役期の資産形成の促進策に関する議論や制度整備は活発な一方で、高齢期における運用・取り崩しに関する議論は相対的に少ない。長寿化の進展や企業年金における終身年金の実施割合の低下、金融市場における不確実性の高まりなどを踏まえると、高齢期の家計が順序リスクに、より直面しやすくなっている。老後資金の運用・取り崩しのあり方に関する議論や官民での創意工夫が今まで以上に求められるのではないだろうか。


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