大和総研コラム

ブレグジットと高等教育

  • 国際
  • 掲載日 : 2019年5月23日
  • 大和総研経済調査部 主席研究員 山崎加津子

海外留学先として筆頭に挙がるのは米国、次いで英国だろう。英語圏の強みはもちろんのこと、優良大学のランキングの上位にはこの両国の大学がずらりと並ぶ。英国の大学は優秀な教員の確保や講座の拡充など、留学生をひきつけるような改革に取り組んできた。優秀な教員と学生を多く集めることができれば、人的ネットワークの構築という点でも魅力が高まり、学生がさらに集まってくる好循環が形成される。英国にとって高等教育は高い国際競争力を有する重要産業と位置付けられるだろう。

しかし、その重要産業もブレグジット論争に巻き込まれてしまっている。発端は4月末に明らかとなった教育相の提案する大学授業料の変更計画である。現在は英国の学生と同じ扱いになっているEUからの留学生の授業料を、2021年度以降はEU以外からの留学生と同じにするとの計画である。2021年度とは、英国がEUから離脱し、それに続く予定の「移行期間」も終了したあとのタイミングが念頭に置かれている。

現在、英国の大学生の授業料は年間9,250ポンド (約130万円) の上限が設けられている。また、英国政府の保証が付いた学生ローンを利用できる。これに対して、EU以外からの留学生の授業料は年間1万~2.5万ポンド (140万~350万円) と高額で、しかも政府保証付きの学生ローンを利用することはできない。つまり、この変更計画が実現されれば、EUからの留学生の授業料負担は大きく増えることになる。

変更計画の背景には、ブレグジット後はEUからの留学生をアジアやアフリカなどからの留学生よりも優遇する必要はないという強硬離脱派の考え方がある。これに対して大学はもとより政府内からも、この変更計画はEUとの学術交流に障壁を設け、また、EU諸国の学生と英国の学生が知り合う貴重な機会を減ずることになりかねないと批判の声が上がっている。変更計画を批判している人々は、EU各国が英国からの留学生をこれまで同様、自国の学生と同等の待遇で受け入れるのであれば、英国もEUからの留学生を英国の学生と同等に処遇するべきと主張している。すなわち、教育版のEU穏健離脱派の主張である。

教育相は授業料引き上げでEUからの留学生が減少しても、EU以外からの留学生は増加を続け、大学の授業料収入は減少しないと計算している模様である。確かに英国の大学への留学希望者は、授業料の高さにもかかわらず、増加傾向が続いてきた。最も多いのは中国からの留学生で、次いで香港、フランス、マレーシア、スペインと続く。とはいえ、英国の高等教育の高い国際競争力は、EU全域から最も優秀な学生を獲得できてきたからこそ維持されてきた面もあったと考えられる。EUからの留学生の授業料の大幅引き上げは、優秀な学生を集める好循環を断ち切ることにつながりかねない。

英国がブレグジットでこれまでの圧倒的に優位な立場を手放そうとしているように見受けられる点で、この高等教育の問題と国際金融センターとしてのロンドンの問題が重なって見える。ロンドンの国際的な地位がブレグジットで一気に低下するとは予想されないが、フランクフルト、パリ、ダブリンなど複数の都市が、ロンドンが担ってきた国際金融の仲介業務を一部なりとも獲得しようと積極的に動いている。高等教育の分野でも、EU各国の大学が海外留学を希望するEUの学生の獲得に一層力を入れると予想される。ブレグジット後も高等教育分野における英国の高い競争力を維持することは、金融センターとしての英国の地位を維持することと同様に重要課題と考えられる。しかしながら、ブレグジット実現の手続きで迷走している英国政府にその余裕がないのではないかと懸念される。


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