大和総研コラム

個人の小さな都合とお行儀の良さが、大きな不都合と社会問題につながる矛盾

  • 環境
  • 掲載日 : 2018年10月18日
  • 大和総研調査本部 主席研究員 河口真理子

海洋プラスチックゴミの問題への関心が高まってきたタイミングで環境省がレジ袋の有料化を決定したというニュースが飛び込んできた。使い捨てプラスチックの代表格、レジ袋の有料化は多くの国で既に導入されており歓迎すべき制度導入だと評価する。

ちなみにこの法制化決定にちょっとだけ先立ち某コンビニチェーンが有料化を検討というニュースが出た。その際のSNSの反応を見て愕然とした。「コンビニのくせに手ぶらで行くなってことか ? 」「そんな店、行かないわ。他、行くわ。」「弁当どうするの ? 」とか。そのコンビニチェーンの方に会ったので「素晴らしい取り組みですね ! 」と伝えたところ、「大反響だったが実は9割が反対で大変だ」とのことだった。

日本人はどこまで傲慢で怠慢になってしまったのか ? 「バッグを持ち歩くのが面倒」みたいな些細な都合と利便性を人間社会が優先させてきた結果が「2050年の海洋には魚よりプラスチックの方が多くなる」というホラー映画のような現実の可能性である。レジ袋有料化に反対する人は、海がそんな状態になってしまっても人間の生存には影響ないとでも思っているのだろうか。または自分一人のレジ袋はそんな大それた問題とは関係ない、レジ袋を減らしても問題は解決しないと開き直っているのか。確かに一人の行動では変えられないが、レジ袋有料化が究極に目指すのは私たちの生活そのものの脱プラスチック化である。

プラスチックストローを紙に代替する企業の話が「美談」として取り上げられたりする。確かに企業努力は評価できるかもしれない。しかしそもそもストローは要らないケースも多い。私は普段からなるべく使わない。最初から使わない選択をする消費者を増やすべきではないか。

使い捨てペットボトルの多さも頭が痛い。日本のペットボトル使用量は年間約227億本だそうだ(※1)。回収率は88%とかなり高い。しかし満足してはいけない。回収されないのは12%だが約27億本である。これが河川敷や海岸に散乱して景観を破壊したり、海洋ゴミとなったりしている。PETボトル飲料は確かに軽くて便利だ。会議でもお茶を入れて配るのではなくPETボトルが配られることが増えている。終わると大量のPETゴミとなる。
でも、皆がマイボトルを持参し、ポットのお茶を各自が注げば無駄なプラスチックもお茶くみの手間も不要になる。また店舗では給水器や給茶器から直接購入できるようになればマイボトル持参で飲み物が買えるはずだ。欧米ではガラス容器に限定したり、マイボトル用の給水器を増やすなどの動きが加速している。

また、変なマナーによる資源浪費も気になる。土産物や贈り物につける「小分け袋」だ。贈り物は通常美しく包装されている。それをわざわざ小分け袋に入れて渡すのが礼儀正しい、みたいなことになっている。運ぶために袋がどうしても必要な場合もあるだろうが、なくても大丈夫なケースが大半だ。

つまらない丁重さやマナーのために資源を無駄遣いしている余裕はもうないはずだ。
母なる地球に対して、大自然に対して、自分たちのわがままな振る舞いがどんな迷惑をかけているか、という視点が今の日本には決定的に欠けている。かつて日本には「おてんとうさまが見ている」とか、ごはんを残すと「お百姓さんに申し訳ない」といった自然を敬う精神があった。ちなみにレジ袋有料化は世界の潮流であり、既に日本は大きく出遅れている。わがままな発言や行動は地球に対してだけでなく、世界に対しても恥ずかしい。


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