大和総研コラム

英国の預金者保護対策-リングフェンス導入へ-

  • 国際
  • 掲載日 : 2018年4月25日
  • 大和総研シニアエコノミスト 菅野 沙織

英国銀行セクターの構造改革は長い年月をかけた議論と調整を経て最終段階に入った。19年1月からは預金額が250億ポンドを超える5つの国内大手銀行グループ (HSBC、ロイズ銀行、バークレイズ銀行、RBS銀行、サンタンデール銀行英国法人) 内にそれぞれ新たな商業銀行が誕生し、リテール部門のリングフェンシング (隔離) が実現する。リングフェンス規制とは、09年に起きた金融危機の傷痕が未だ完全には消えていない英銀行セクターの安定性の強化に向けた構造改革の核を成し、銀行のリテール部門をリスクの高い投資銀行部門から切り離すことを目的としている。

09年にはロイヤル・バンク・オブ・スコットランド (RBS) の救済に納税者の巨額の資金が使われたが、リテール銀行部門と投資銀行部門が完全に別組織となれば、政府はいざという時、少なくとも理論上は投資銀行の救済を諦める選択肢を取ることも可能となり、国民に過度な負担をかけずに処理できる構造になる。

銀行セクター構造改革の必要性を最初に訴えたのはRBS救済に直接に携わった労働党政権の元財務相アリスター・ダーリング卿 (16年にはチャタムハウスと大和総研の共催のコンファレンスにスピーカーとして参加) であった。改革の骨子については、その次の保守党政権のジョージ・オスボーン元財務相の下で議論され、その結果リングフェンシングの発想が浮上し、リテール部門と投資銀行部門を完全に分離するという構想に至った。リングフェンシングという表現は、リテール部門を投資銀行の活動に伴うリスクから守る、つまり「塀で囲む」ことを意味するが、問題となったのはその「塀」の高さであった。結局のところ、リテール部門をグループ内における独立した組織にすべきという結論に至り、13年に英国の銀行改革法が採択された。

銀行改革の必要性についての議論が始まってから改革の実現までにほぼ10年という長い年月が費やされたうえ、費用も莫大である。新制度導入のために英国銀行セクターは30億ポンドを負担するのに加え、その後もそれぞれの銀行グループ内の取引システムや決済システム関連のIT部門、人事部などの機能を別個に設置する必要があるため、毎年40億ポンドの費用がかかるとの試算もある。すでに、英国のEU離脱を目前にしてEU域内への一部機能の移転費用などのコストが銀行には重くのし掛かっている。リングフェンシングは英国の銀行セクターを新たな金融危機の荒波から守る十分な防波堤になるという保証がない中、この制度の「費用対効果」を問う声も聞かれている。

実際、グローバル金融危機の一つのきっかけは米国政府が「単なる」投資銀行であったリーマンブラザーズを救済しなかったことであると指摘するダーリング卿の主張には一理あると思われる。英国の銀行改革の行方を慎重に見守りたい。


このコラムと同じカテゴリの他のコラムを読む

年別

カテゴリ別