大和総研コラム

企業情報開示ルール見直しの危うさ

  • 国際
  • 掲載日 : 2015年9月1日
  • 大和総研金融調査部 主任研究員 鈴木裕

アベノミクスの成長戦略は、様々な手段を使って企業の稼ぐ力を涵養し、経済成長に役立てていこうとしている。その中で、企業と投資家が対話をすることで、企業価値向上の実現を図るべく、情報開示ルールの見直しも検討課題としている。「企業が投資家に対して必要な情報を効率的かつ効果的に提供するため、会社法、金融商品取引法、証券取引所上場規則それぞれが定める情報開示ルールを見直し、統合的な開示のあり方について検討し」2015年度中に結論を得るという(※1)。経済産業省の「持続的成長に向けた企業と投資家の対話促進研究会」においても、「中長期的な企業価値向上に関する対話を促進するための情報開示として、中期経営計画やESG (環境・社会・ガバナンス) 情報の開示、統合報告のあり方等を検討することを提案」している(※2)

情報開示ルールに不都合があればそれを見直すのは当然であるが、その検討プロセスの中で、情報の収集が不可能な事項の開示や、情報の利用法が不明な事項の開示が求められる恐れはないだろうか。余計な心配かもしれないが、投資家が求めているとの理由をつけられてはいるものの、利用されるかどうかよくわからない情報の開示を制度化した事例が実際にある。金融危機の再発防止を目的とした米国のドッド=フランク法によって情報開示が求められた事項の中にはそのようなものが散見されるのである。

一つは紛争鉱物に関する開示規則(※3)だ。これはコンゴ民主共和国とその周辺における武装勢力の資金源を断つために、一定の鉱物の取引が紛争を資金面から支えていないかどうかについて、上場企業である製造・販売業者に調査義務を課し、調査結果を開示させる規則だ。しかし、鉱物は精錬してしまえば産出地の特定が著しく困難になり、コンゴ紛争との関連の有無は調査しようがなくなる。紛争鉱物に関する開示規則は、実施がほとんど不可能なものであり、結局「産出地の判明不能」という開示が主流になっているが、この調査のために莫大な費用を企業は負担している。

CEOと平均的な従業員の報酬の倍率を開示させるPay Ratio (ペイレシオ) の開示規則(※4)は、2017年から適用が開始される。米国企業のCEOが従業員の数十倍から数百倍の報酬を得ていることをわかりやすく開示させる規則だ。しかし、これは誰のどのような関心を満たそうとする情報開示なのだろうか。経営者の報酬が、適度な株価連動型であることを期待する機関投資家は多い。経営者が適度なリスクテイクによって、株価上昇を実現する動機付けとなるからだ。投資先企業の報酬のあり方に投資家が目を向けるのは、このような報酬体系になっているかどうかを確かめるためである。Pay Ratioは、労働運動の中で経営陣と交渉する材料とはなるだろうが、企業価値の増大を望む投資家は果たしてこれを必要とするのであろうか。

コンゴ紛争や格差問題が、重要な課題であることは誰もが認めるだろうが、その解決策を企業の情報開示に求めるのは筋違いとも思える。情報開示を手段として選ぶのであれば、問題の緩和や解決に要するコストと期待されるベネフィットを慎重に考量する必要があろう。企業が負担する開示コストは、企業価値の減少につながり株主である投資家の負担に帰する。負担に見合うだけ企業価値は高まるのだろうか。ESG情報・非財務情報の開示や統合的な報告という大枠は支持したとしても、開示の負担が過重になれば、かえって企業の活力を削ぐことになりかねない。中長期的な企業価値増大に向けた対話のテーマをどのように選び取り、どう開示をさせていくか、難しい検討になるのではないか。


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