大和総研コラム

日本版CCRCに求められること

  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2015年7月27日
  • 大和総研経済調査部 研究員 石橋未来

ジュゼッペ・ヴェルディは「ナブッコ」、「椿姫」、「アイーダ」など数多くのオペラを残した19世紀を代表するイタリアの作曲家である。そのヴェルディが自らの最高傑作と謳った作品は、ミラノに建つ「音楽家のための憩いの家 (以下、憩いの家) 」(※1)と呼ばれる福祉施設である。

年金制度などが整備されていないその当時、音楽家の老後というのは一部を除いてかなり悲惨だったようである。自身も苦労と挫折、貧しさに苦しんだ過去を持つヴェルディは、大成した晩年、様々な慈善活動に取り組んだ。そして最後の作品として、引退した音楽家たちが尊厳を保ったまま平和に人生を全うできるようにと「憩いの家」を建設したのである。「憩いの家」では今現在も50人以上の老音楽家たちが共同生活を送っており、人々は親しみを込めて「Casa Verdi (ヴェルディの家) 」と呼んでいる。

「憩いの家」では全室個室のうえ、音楽練習室やパイプオルガンを備えたホール、レストラン、ジム、礼拝堂まで完備され、定期的なホールコンサートや希望者を募ってのオペラ鑑賞も提供されている。また音楽以外にも絵や彫刻のカルチャーコース、物語を作るコース (老化を遅らせる効果が期待されている) など、様々なプログラムが実施されているようだ(※2)

こうした充実した設備やプログラムについては、国内の一部の有料老人ホームでも見られる点かもしれない。しかし、そのような施設とは決定的に異なる点が、「憩いの家」では音楽を専攻する学生たちを入居させている点である。かつての名音楽家たちに直接教えを乞うことができるという点で、「憩いの家」は多くの学生たちを惹きつけている。

名教師たちを訪ね、外部から通ってくる学生も多く、老音楽家たちも後継者の指導に励んでいる。そのため高齢者向け施設というよりはむしろ、音楽という価値観を共有する同志が集う場になっているという(※3)

国内では、大都市圏を中心に高齢者向け施設の圧倒的な不足が見込まれていることから、地方への移住を含む「日本版CCRC」構想(※4)が、「まち・ひと・しごと創生基本方針2015」(※5)の戦略に盛り込まれるなど、新たな高齢者のすまいについて検討が進められている。地元住民や子ども・若者などの多世代と交流・共働する「オープン型」の居住を基本とし、高齢者が地域社会に溶け込めるようにと計画されてはいるものの、現時点では具体像についてイメージしづらい。大学との連携も検討されているが、都心回帰により利用率の低下した地方の既存施設を利用したシルバーカルチャースクールと化す懸念はないだろうか。若い世代を地方に呼び込む具体策についての言及も少ないようだ。

「憩いの家」が100年以上も支持されてきた背景には、高齢者と次世代との橋渡しが音楽という専門性を介してうまく機能してきたことがある。多世代交流・共働を試みる「日本版CCRC」構想にも、高齢者と若い世代との双方を惹きつけ続けるコンセプトの設定が重要となろう。

参考文献

加藤浩子[2003]『人生の午後に生きがいを奏でる家』中経出版


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