大和総研コラム

できれば休日は官製ではなく

  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2015年4月30日
  • 大和総研調査本部 担当部長 秋屋知則

今年の春闘は、“官製”だと多くの報道で指摘された。その意味するところは、政府がなすべきは企業や個人など民間が活動しやすい環境を整備することで賃上げといった企業経営の中身に注文をつけることにはなじまないのではないかという疑問だろう。ただ右へ倣えといった傾向が強い日本にあっては、お上のご意向とか、同業他社動向が過去からの慣行を変える上でより大きな説得力を持つことは否めないと思われる。

さて、労使の関係といえば、最近では「ワークライフバランス」という言葉がかなり定着してきた。筆者が入社した頃から土曜日の休日化が徐々に定着しつつあったが意識の上では、黙々と休まず働く、「月月火水木金金」とか、「社畜」という考え方が強く残っていたと思う。

昭和の終わりとバブル崩壊は、ほぼ時を同じくするが、まさに日本の経済や社会においてそれまでの重厚長大を中心とした価値観を変えざるを得なくなったように、休みについての考え方も変えざるを得なくなった。当時、日本の労働者1人あたりの平均年間総実労働時間は2,000時間を超えており、1,800時間前後の他国との比較で“働き過ぎ”と言われたがぴんとこなかった。むしろプロ野球の外国人選手などが家族の都合で試合を休むといったニュースを見るにつけ、無責任だとすら感じていた。公私の区別やメリハリの加減がわからない人たちが多かったのではないかと思われる。

そこで、国民に多く休んでもらうために政府としては祝日にしてしまえば、より多くの人が大手を振って休めるようになると考えたのだろう。特に21世紀にさしかかる前後から祝日が増えたり、あるいは休日が連続になったりしてきたと記憶している。結果、世界一というほどではないが国際的には日本はかなり祝日の多い国となった。

しかし、休みはこれだけではない。完全週休2日制の適用度や年次有給休暇の日数や取得率でも違いが出る。欧州など労使間で決めた年休をきっちり取得する国と比較すると、日本は、祝日が多くても実質的な休日数では劣後するようだ。たくさん働くことが美徳で、年休は冠婚葬祭用のバッファーだと考えてきたような国とは差が出てしまうのだろう。

また休みをどう取っていくかも肝要だ。休日が増えた分、平日にしわ寄せがきては元も子もない。日本の労働時間の長さはかなり是正されてきたが、それでも独仏など欧州の国とは差があるように見受けられる。確かに官製のさまざまな工夫によって、我々、労働者が休みやすくなっていることは感謝すべきだと思う。趣味や家族と使う時間が増えて仕事上のストレスから解放されたと感じることは少なくないだろう。

一方で、分散的に休むことも休みやすくなる条件の1つだろう。宗教や慣習ともつながっているので、盆と正月の帰省を変えることは難しいかもしれないが、皆が同じように休むということでもある。それ以外では休みたいのに休めない。同じ人が働き詰めであることも避けたいものだ。優秀な社員であれば余人には代え難いことは認めるものの、企業としては補完的なサポート体制の整備も欠かせないだろう。

案外、忘れられているが2016年には、8月に「山の日」という祝日が新設される。実は休みは増えても、長いデフレの期間を経て、日本の余暇市場は決して伸びていない。日本の企業や労働者は少子高齢化時代を迎えてそれぞれに適した多様化した働き方を模索中だ。そうした中で、できれば今後は官製休日より自主休日が増えていく方がより望ましいのではないかと考える。いつか、日本で祝日を減らすような日がくるだろうか。


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