大和総研コラム

今年はどのようなレガシーを残せるか

  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2015年2月20日
  • 大和総研調査本部 常務執行役員 引頭麻実

2015年が始まり、1ヶ月余りが経過した。年明けから金融、経済、国際情勢、国際犯罪など、とても1ヶ月の出来事とは思えないような盛りだくさんの内容を経験した。今年は私たちにとってどんな年になるのだろうか。また後世に何を残せるのだろうか。ふと、きりの良い100年前のことを考えた。100年前の人は何を今に伝えているのだろうか。

今から100年前の1915年は第一次世界大戦開戦2年目にあたる。戦争中で世相はさぞかし暗いのではと思いきや、これが結構明るい。日本の貿易収支はそれまで概ね輸入超過の状況が続き、それを埋めるべく外資導入を進めてはきたものの、1915年の前年にはついに外資への利払いが滞るかもしれない瀬戸際まで来ていた。しかし、大戦の勃発でそれまで世界貿易を牛耳ってきた欧米諸国が戦争に注力せざるを得なくなり、日本は漁夫の利を得ることになったのである。結果として、日本の貿易収支は1915年に大幅な黒字への転換を果たすことになる。こうした大戦景気を背景に、年後半には船成金、戦争成金、豆成金など様々な“成金”が出現している。しかし、詳しく見ると羽振りがよかったのは輸出品関連、造船、海運など一部の業種に限られ、他の業種は振るわなかった。いわゆる“格差”が、かなり存在した模様である。

そうしたなか、人々は逞しく生き、人生を楽しんだ。“銀ブラ”という言葉が流行りだしたのもこの時期といわれる。この“銀ブラ”もレガシー (良い遺産) の一つであるが、その他にもレガシーの誕生がこの年にあった。

その一つが、私たちがほぼ毎日使っているシャープペンシルである。その原型はイギリスで発明されたとされるが、シャープ社の創業者早川徳次氏が1915年、その構造を抜本的に改良したものを発表、「早川式操出鉛筆」と命名された。それまでの製品は耐久性に欠けるものであったが、1915年発表の製品は実用品として使用に十分耐えうるものであった。早川氏自身はその後製品の改良を重ね事業を拡大させたが、1923年の関東大震災による火事で工場を焼失、シャープペンシルの特許などでその負債を処理し、その翌年現在のシャープの前身となる「早川金属工業研究所」を設立している。

別のレガシーとしては「亀の子束子 (たわし) 」がある。1915年は亀の子束子の特許が成立した年である。現亀の子束子西尾商店の初代社長西尾正左衛門が1907年棕櫚 (シュロ) 製の亀の子束子を発明し、その後改良を重ね、商品の価値が認められた結果特許が成立したとされている。現在では様々なバリュエーションはあるものの、今も昔も変わらぬオリジナルも存在する。

また1915年にはその前年の東京駅開業に続き、ヨーロッパスタイルのホテルとして東京ステーションホテルが開業している。東京駅の復原建て替えに合わせてリニューアルされ、2012年に新たなスタートを切ったことは記憶に新しい。

100年前というとあたかも現在とは断絶しているような錯覚さえ受ける。しかし、このように様々なレガシーが今に伝えられている。これらを見ると、大きな共通点として、何らかの社会的なインパクトを与えているということがある。生活を潤いのあるものにしたり、効率的にしたり、文化的な刺激があったり、などなどアプローチは異なるが、大きな意味で何らかの社会的インパクトを与えている。

今年はどのようなレガシーが生まれるのか。とはいっても何もしなければレガシーは生まれない。100年前のレガシーに垣間見えた、起業家スピリットが何よりも重要かもしれない。


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