2014年9月19日、アリババのADR (米国預託証券:American Depositary Receipt) がニューヨーク証券取引所に上場した。アリババグループ (阿里巴巴集団) は中国浙江省杭州市に本社を置く電子商取引大手企業である。しかし、上場の際に同社が米証券取引委員会 (SEC) に提出した目論見書によれば、所在地はケイマン諸島となっている。社名も「アリババグループホールディング (以下、アリババGHD) 」となっており、杭州市にある会社名とは異なっている。
中国では交通輸送やマスメディア、インターネットサービスの運営など、一部の業種で外国資本による出資を制限 (もしくは禁止) しており、規制対象業種に属する企業は、海外投資家から直接出資を受けることができない。そのため、海外投資家から出資を受けるには特殊な仕組みを利用せざるを得ない状況にある。
下図は、目論見書に記載されている企業構造の一部を抜粋したものである。今回上場したアリババGHDは直接もしくは間接的に中国国内に複数の100%子会社 (外資独資企業:WFOE)(※1)を設立している。そして、外資規制対象外の業務を行っていると位置付けられるWFOEが、外資規制対象業務を行っている浙江タオバオネットワークやアリババクラウドコンピューティングなど (以下、タオバオ等) とExclusive Technical Services Agreements (排他的技術サービス協定) を締結している。
アリババGHDが集めた海外投資家の資金はWFOEに出資され、WFOEがタオバオ等の株主に融資し、この株主がタオバオ等に出資することでタオバオ等の活動資金となる。一方、タオバオ等の利益の大半は技術サービス協定の対価としてWFOEに支払われ、アリババGHDを通じて海外投資家に分配される。
タオバオ等の株主は阿里巴巴集団の馬雲会長と謝世煌副社長であるが、その中にはWFOEからの融資を元手として出資したものが含まれるため、WFOEと株主の間で契約を締結し、株主の権利を制限している (例えばWFOEに不利となるような資産の処分などは行えない) 。これら一連の契約関係等により、タオバオ等は実質的にWFOEに支配されることになる。
今回上場したアリババGHDの所在地が中国国外にある理由はこの一連の仕組みを利用するためであり、また税制や法人設立手続きの優位性等からケイマン諸島が選ばれたものと推測される。
この手法は他の中国企業も利用しているが、主に2つの問題点が指摘されている。まず1点目は、このスキームは外資規制の抜け道であり、中国当局が規制を強化する可能性がある。規制強化の結果、当該スキームが継続利用できなくなった場合、どのような形で投資家保護が図られるのか不透明である。中国当局は現状をほぼ黙認していると言われているが、2011年頃には監視を強める動きがみられた。2点目は、タオバオ等の株主が海外投資家の意に反する決断をしたときに、対抗手段が限られるということである。2011年、馬会長はアリババGHDの大株主である米ヤフーやソフトバンクに通知せずに、決済事業を営むアリペイの所有権を馬会長から馬会長が経営権の大半を握る企業に移した (アリババGHDのスキームから外した) 。その後3者で合意に至ったものの(※2)、こういった問題は今後も起こるかもしれない。
中国企業ADRに投資する際は、こういった特有のリスクに留意しておく必要があるだろう。
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