大和総研コラム

情報開示を通じた規律付け

“comply or explain” 再論
  • 消費 / 社会
  • 掲載日 : 2014年7月23日
  • 大和総研金融調査部 主任研究員 横山淳

情報開示を通じて、企業行動に規律付けを行おうという規制手法が、わが国においても一般化しつつあるように思われる。ある政策目標のため、企業に一定の行動を求めようとする場合、直接、「○○せよ」と無理強いするよりも、情報開示を通じて、自主的な対応を促す方が、スマートな規制手法であることは確かだろう。もっとも、その有効性については、慎重に検討する必要がある。

まず、開示制度には、それぞれ本来の目的があり、それに沿った制度設計がなされている。そのため、その目的を超えて活用することには自ずと限界がある。

有価証券報告書を例にとろう。有価証券報告書制度の本来の目的は、「投資者保護」にある。つまり、投資者が自己責任に基づいて投資判断を行う上で必要な情報を提供させるための制度なのである。従って、いわゆる政策保有株式の開示にせよ、役員報酬等の開示にせよ、あるいは「『日本再興戦略』改訂2014」で提唱されている役員の女性比率の開示にせよ、有価証券報告書における開示である以上は、「投資者の投資判断にとって重要な情報だから開示を求める」という整理になる。「不届き者」を懲罰的に世間に知らしめるためではなく、あくまでも投資判断の材料を提供するためのものである。

こうした「投資者保護」という目的があるため、有価証券報告書の開示義務の対象は、不特定多数の一般投資家が投資対象としている上場会社などに限定されている。逆に、どれほど社会的な影響力を持つ巨大企業であっても、「投資者保護」の必要性に乏しい非上場の閉鎖会社であれば、原則、有価証券報告書の開示義務はなく、情報開示を通じた規律付けの効果は及ばないことになる。

もっとも、筆者として、もっと気になるのは、開示制度上のエンフォースメント (実効性確保、強制力) の問題である。開示制度の主眼は、正しい情報が提供されることにある。その結果、エンフォースメントのあり方も、開示された情報が真実か虚偽かに重点をおいたものとなる。開示された情報が真実であれば、その内容自体の合理性、妥当性、説得力については、必ずしも開示制度上のエンフォースメントの対象とされていない。あとは、その内容を見た者の判断に委ねられることになる。

ここでも有価証券報告書を例にとると、有価証券報告書の虚偽記載には、刑事罰、課徴金、 (被害を受けた投資者に対する) 損害賠償など刑事・民事上の厳しい制裁が用意されている。しかし、正直に真実を開示している限り、直接、その内容自体を理由に制裁が課される仕組みにはなっていない。あくまでそれを見た投資者の評価に委ねられる。

いわゆる “comply or explain” においては、こうしたエンフォースメントの問題は、特に切実となる。「なぜ、原則的な規範を “comply” (遵守) していないのか」という “explain” (説明) の開示には、単に「嘘はついていない」というだけでは足りず、その内容の合理性、妥当性、説得力が重要だからである。こうした “explain” の合理性、妥当性、説得力が担保されるか否かは、最終的には、情報開示を行う者 (例えば、上場会社、運用会社) の姿勢と、その情報を利用する者 (例えば、投資者、株主、受益者) の行動次第ということになるだろう。おざなりな “explain” がなされ、それがそのまま通用してしまうような世界では、 “comply or explain” は、ほとんど無力に近い。

その意味では、「日本版スチュワードシップ・コードや、これから検討されるコーポレートガバナンス・コードなど、 “comply or explain” を基礎とする仕組みが、果たして機能するのか」という問いかけは、極論すれば、わが国の「質」そのものを問いかけている。筆者には、そのように思えてならない。


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