大和総研コラム

TPP交渉の見通しと日本の役割

  • 国際
  • 掲載日 : 2014年5月8日
  • 大和総研調査提言室 主席研究員 長谷部正道

オバマ大統領訪日に付随する壮絶ともいえる日米関税協議が終わった。甘利大臣以下の日本政府交渉団の皆さんのご労苦にまずは深く敬意を表したい。本コラムにおいては、第一に、公開された範囲内の情報に基づいて、今回の協議結果について検討し、第二に、今後のTPP交渉の見通しについて考えたい。

1. 今回の協議結果について

海外の報道ぶりを見ると概ね「オバマ大統領は日本との貿易協議を打開するのに失敗した」という論調の報道が多いが、今回の協議によって、米国は多くの収穫を得たし、日本も最悪の結果を回避したという点で見ごたえのある交渉であったように私は思う。

まず米国について検討してみよう。麻生副総理がいみじくも指摘されたとおり、11月の中間選挙を控えて、オバマ大統領は米国内の利害関係者を取りまとめるのに極めて厳しい状況であり、今回の協議においては日本側に譲歩する余地が限られていたことは明確であった。しかしながら、わが国が柔軟性を示せば、今回協議で米国も歩み寄れるというような印象を多くの日本政府関係者やマスコミに与えることに成功し、一部報道によれば、豚肉と自動車を除けば、他の重要4農産品等について米国政府が受け入れ可能な譲歩を日本政府から引き出したとされている。また最後の夜通しの閣僚級協議においては、時差の関係で執務時間中であった米国内の関係者と緊密に協議しながら交渉を行ったとされ、この結果、フロマン代表から次々と新たな要求やいったんまとまった事項について蒸し返しがあったとされている。つまりフロマンUSTRにとっては今次協議の終盤においては交渉をまとめるためではなく、USTRが日本政府に対して如何に強硬に交渉しているかを米国内にPRするための場として利用されていたのではないかとすら考えられる。

次に日本である。過去の貿易・農業交渉においては、最終局面で高度な政治決断で大幅な譲歩を行うというパターンも見受けられた。しかし、今回は交渉をまとめるという政治的に明確な指示を受けていたにもかかわらず、少なくとも豚肉と自動車については交渉団は腰砕けにならずに踏みとどまった点で評価できる。もっともこれには、交渉終了直後に衆議院鹿児島2区の補選が控えていたという政治的な事情にあったことに加えて、米側が関税交渉という次元から安全・安心の基準のレベルに新たに踏み込んだことが原因と考えられる。

21世紀の自由貿易交渉においては、米国・欧州が明確にしているように、関税の引き下げ・撤廃といった先進国・途上国共通の目標に加えて、先進国の間では関税措置以外の非関税障壁の撤廃が究極の目的とされる。但し、この非関税障壁といわれるものの中には、今回の協議で議論された自動車の安全・環境基準ばかりでなく、食品の安全基準など個々の国の主権に基づいて定められている「安全・安心」の基準が含まれている。

わが国は安全・環境・省エネ等については諸外国に先駆けて高い基準を維持し、安全で安心な国民生活を維持してきた。そうした中で、日本並みの基準を満たしていない米国車の輸入を一定量認めさせようとする米国側の要求は、いわば米国車についてのみ治外法権を求める無理難題と理解されても仕方があるまい。国際的に安全や環境基準を統一化したり相互認証したりする努力は必要であるが、あくまで科学的かつ客観的な議論に基づいて行われるべきであり、さらに原則として低い基準をより高い基準に合わせる方向で検討されるべきものである。

2. 今後のTPP交渉の見通しについて

TPP妥結の成否はひとえに日米関税協議の成否にかかっているという議論を展開する日本のマスコミも多いが、これは木を見て森を見ない議論であろう。21世紀型の高いレベルの自由化を目指す包括的なTPP交渉においては、物品の関税交渉は21分野にわたる交渉分野の一つにすぎず、知的財産権や競争政策など日米などの先進国と途上国が鋭く対立している論点も多い。特に途上国にとっては、国営企業問題は死活問題であり、例えばマレーシアは国営企業問題で米国が柔軟な姿勢を示さない以上、TPP交渉脱退も辞さないという強硬姿勢を保っているとみられる。

米国政府交渉団が米国議会から貿易交渉権限を授権されていない以上、こうした重要論点についても柔軟な交渉姿勢を示すことは困難であり、今回のオバマ大統領のマレーシア訪問に当たっても深い議論はなされなかった模様である。貿易交渉権限の問題は実はTPP交渉に限定される問題ではなく、米EU環大西洋貿易投資連携協定 (TTIP) 、 WTOで米国やわが国などの有志国が進めている新サービス協定 (TiSA) などの分野別交渉等、すべての通商交渉進捗のボトルネックとなりうる深刻な問題である。グリーン元米国家安全保障会議 (NSC) アジア上級部長は、オバマ政権はもっと早くTPAを議会から得るように尽力すべきであったと指摘している (ワシントン時事、2014年4月29日) 。

米ブルッキングス研究所のソリス日本部長は貿易交渉権限をめぐる米国内の政治情勢について、「通商拡大に慎重な与党・民主党にしてみれば11月初旬の議会中間選挙前に貿易権限法案を通す理由が見当たらない。今年のTPPを取り巻く条件は厳しく、あまり楽観的になれない。 (中略) 米国では2016年の次期大統領選が近づくほどTPP合意のハードルも上がる。」 (日本経済新聞朝刊、2014年4月28日) と分析している。一方で、日本の政治日程に目を転じると、来年春には統一地方選挙、2016年には参議院選挙と衆議院選挙 (任期満了の場合) が予定されており、米国と同様に2016年の政治日程が終了するまでは、痛みを伴う政治的な妥協が困難になっていく傾向があることに留意すべきである。

3. 日本政府の果たすべき役割

仮に日米国内における2016年の政治日程が終了するまで、TPP妥結が困難だとした場合、日米の二国間の信頼関係を維持しながらわが国の果たすことができる役割とはなんだろうか。

第一に、米国においてTPA法案が成立しない以上、TPPをはじめとする米国が関与する通商交渉の本質的な進展は望めないが、政治的な決断を必要としない事務的な準備作業は日米間で粛々と進めるべきである。また、米国が交渉に参加しない東アジア地域包括的経済連携 (RCEP) や日中韓EPAなどのメガFTA交渉においては、途上国の利益を代弁する中国が主導権を握ることを牽制しつつ、知的財産権や、投資・競争政策など日米の利害が一致する分野で、わが国が先進国の利益を代弁する立場で間接的に米国の利益を確保する働きができる。

第二に、2016年の政治イベントが終わるまでの約3年間は、農業をはじめとするわが国の国際競争力が弱い分野を抜本的に改革し、競争力を強化するための好機と捉えてアベノミクスの成長戦略の一環として国内改革を粘り強く推進するべきである。外圧を利用した国内改革は霞が関の好む典型的な手法ではあるが、抜群の政治的な安定性を誇る安倍政権は外圧なしに成長戦略を成し遂げる指導力があるはずである。

第三に、日中韓の緊張がさらに高まり、米国が最も懸念する米国が武力的な関与をしなくてはならないような事態を惹起せずに済むように、極東情勢の政治的な緊張感の緩和・安定にこれまで以上に努めるべきである。在日米軍基地の米国にとっての戦略的重要性に鑑みれば、TPP交渉の停滞が直ちに、日米同盟を揺るがすものとはなりえないことは明らかである。ただウクライナ情勢を見ても分かるように米国は「世界の警察官」としての役割を卒業し、同盟国自らが世界情勢の安定化に努力することを望んでいる。安倍首相が国粋主義的なリーダーであるといった誤解を一笑に付してはならず、米国内でのそうした誤解を払拭するための具体的な行動を取ることこそ日米間のゆるぎない信頼関係の構築に不可欠である。


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