2008年のリーマン・ショックからはや5年が経過した。この5年間に各国中央銀行はさまざまな金融政策を試みた。金利がゼロ近傍まで下がり、短期金利のコントロールという伝統的な金融政策では対処しきれないほどの金融危機や景気後退に直面した中央銀行は、いわゆる非伝統的金融政策を展開した。この1つに、フォワード・ガイダンスという手段がある。論者によって定義は異なるが、日本銀行の白井さゆり政策委員会審議委員は講演で「市場や国民に対する将来の金融政策運営についての情報発信」(※1)と位置付けている。
シカゴ連銀のCampbellらの分類によると、フォワード・ガイダンスは2種類に分けることができる。1つは、「オデッセイ的フォワード・ガイダンス」というものである。セイレーンの歌声を聴かないために、自らを柱に縛り付けたオデュッセウスに由来する。オデッセイ的フォワード・ガイダンスとは、この逸話のように、将来にわたり中央銀行が自身の行動を制約する性格のものである。有名な話では、例えば4%のインフレ率を15年間続けるまで金融緩和を続けるようコミットせよというクルーグマン教授の主張は、インフレを抑えたい中央銀行が引締めできないように“縛り付ける”という意味で、オデッセイ的フォワード・ガイダンスであると考えられるだろう。
一方、もう1つの分類は、「デルフィー的フォワード・ガイダンス」という手法である。由来となったデルフィーとは、古代ギリシャにおいて神からのお告げを受ける神託地として知られる。デルフィー的フォワード・ガイダンスでは、中央銀行が単に経済見通しを述べているにすぎず、経済状況が変われば中央銀行の行動も変わりうる。例えば、Fedが当初発表したQE3の年内縮小という方針 (お告げ) に反し、先日発表された雇用統計を受けて市場では年内のQE3縮小観測は後退している。まさに、経済状況の変化に応じて、中央銀行の行動が変わるという意味で、デルフィー的フォワード・ガイダンスであると考えられる。
ここで問題となるのが、中央銀行の意図が市場に正確に伝わるかという点である。例えば、Fedの金利見通しについて、Fedはデルフィー的フォワード・ガイダンスを行ったつもりでも、市場がオデッセイ的フォワード・ガイダンスとして認識してしまう恐れがある。
非伝統的金融政策を実施する過程で得たフォワード・ガイダンスの経験は、非伝統的金融からの脱却を目指す中央銀行のコミュニケーション手段にも大きな影響を与えるだろう。特に、市場が敏感に反応しやすい量的緩和からの出口戦略では、中央銀行によるコミュニケーションの重要性が一層増すこととなる。
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