大和総研コラム

企業ガバナンス規制におけるコスト/ベネフィット分析

  • 環境
  • 掲載日 : 2013年3月13日
  • 大和総研環境調査部 主任研究員 鈴木裕

私たちの生活は、様々な規制に取り囲まれており、それによって不自由を感じることもあるが、大抵の場合はその不自由さを上回る快適さを享受できるから、規制を受け入れている。一方通行の道路を苛立たしく感じることがあっても、狭い道で自動車が対面し身動きが取れなくなるよりもましだ。快適さという便益 (ベネフィット) の方が不自由という費用 (コスト) よりも大きいから、規制に従って暮らし続けるのである。このコスト/ベネフィット分析の視点は、企業ガバナンスに関する規制にも妥当するだろう。

米国では、コスト/ベネフィット分析の不十分さを理由に、米国証券取引委員会 (SEC: Securities and Exchange Commission) が制定したProxy Accessに関する規則を裁判所が無効と判じて以降、企業ガバナンス規制や金融規制のコスト/ベネフィット分析への関心が改めて高まっている。Proxy Accessとは、米国の株主総会において、株主が特定の取締役候補者の選任を株主総会議案として提案し、会社から株主に送付される書類に記載することを請求できる権利のことだ。会社が株主に送るProxy materials (委任状勧誘書類) に株主が提案する取締役候補者を記載することを認めることからProxy Accessという。2010年7月に可決成立した米国金融改革法 (ドッド=フランク・ウォール街改革及び消費者保護に関する法律:Dodd-Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act) 971条により制度化され、SECに規則制定を委ねられたが、この規則に無効判断が出されたため、いまだ実施のめどは立っていない。SECは、規則制定にあたり一応のコスト/ベネフィット分析を行ってきたものの、改めてコスト/ベネフィット分析に関するガイダンス (手順書) (※1)を策定するに至った。これは、SECの規則制定手続きが適正なものであることを広くアピールする必要が生じたためであると思われる。

SECの規則制定における分析手順の概略は、次の通りである。手順は大きく4つのパーツに分かれる。

  • 規制の必要性に関する明確な説明
  • 規則案の効果を測定する対象であるベースライン (規制が無い状態) を定義する
  • 他の代替的規制手段を検討する
  • 規則案とそれに代わる代替的規制手段についてコスト/ベネフィット分析を行う

Proxy Accessに関する規則案は、④のコスト/ベネフィット分析が適正に行われていなかったことを理由にして無効と判断されたので、SECのガイダンスはこの点を深掘りしている。ガイダンスによれば、コスト/ベネフィット分析は、次の4つのステップで進められる。

  • (1) 規則案と代替的規制手段に生ずべきコスト/ベネフィットを特定して記述する
  • (2) それらのコスト/ベネフィットをできる限り定量的に算定する
  • (3) 定量化されたコスト/ベネフィットについて、定量化の方法または根拠を明らかにするとともに、推計の不明確さを検討する
  • (4) 定量化できないコスト/ベネフィットがあればその理由を説明する

このように、一見明確にマニュアル化されたように見える規制のコスト/ベネフィット分析であるが、企業ガバナンス規制や金融規制においては、ベネフィットがどの程度であるかが分かりにくく、入り口から困難に直面することになる。SECのガイダンスでは、規制のベネフィットの例示として、集合行為問題 (collective action problems) の克服や、エージェンシー問題に起因するモラルハザードの縮減、などが挙げられているが、これらは果たして精度の高い定量化ができるのであろうか。2007年からの金融危機では、市場破壊的なモラルハザードが一因であろうと考えられているが、これを防止できるのであればそのベネフィットは計り知れない。となれば、コストを凌駕することは明らかなので、規制を強めるだけになりかねないと危惧される。

規制のコスト/ベネフィット分析は、行政評価法に従ってわが国でも行われており、企業ガバナンス規制に関しても事例は見られる(※2)が、定量化を重んじるSECガイダンスを通して見ると、物足りなさが感じられなくもない。今後、社外取締役の選任義務付けや四半期開示の見直しなども検討が進むのであれば、十分に説得力のあるコスト/ベネフィット分析が行われることと期待したい。


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