中国では、2012年11月の共産党大会で党指導層の交替が行われ、いよいよ、おそらく13年2、3月にも開催されるであろう全国人民代表大会 (全人代) で、政府側も新体制となる。新指導層の経済運営が注目される中、党大会後としては最初の重要な経済関係会議となる中央経済工作会議が、去る12月15、16日、北京で開催された。同会議の模様は一部日本でも伝えられているが、たまたま同時期、筆者は北京に滞在し、現地のTV等のメディア報道に接し、また中国の友人学者らと意見交換する機会があった。これらを通じての印象を踏まえると、中央経済工作会議で打ち出された中国当局の2013年経済運営の基本方針を特徴付けるキーワード (関鍵詞) として、中国国内では以下が認識されている。
1が経済運営全体の方針を特徴付けるもの、2、3がマクロ経済政策の方向を示すもの、4、5、6は言わばミクロ面での政策目的と位置付けられよう。穏中求進を始めとして、いずれも2012年の経済運営の考え方を基本的に踏襲したもので目新しさはないが、新指導層として、まずは無難にこれまでの改革路線を継続する意思を内外に知らしめたということだろう。ただ、「城鎮化」がこれまでに以上に注目されている印象がある。明確な定義は見当たらないが、その趣旨は、一義的には農村から都市部への人口流入を促すことであろう。定住人口統計によると、2011年、都市定住人口比率で見た都市化率は51.27%と、中国と同程度の中進経済国と比べ、なお20%ポイントほど低い。仮に2030年までに同比率を65%程度にまで上げるとすると、さらに2-3億人が農村から都市へ移動することになるとの推計もある (「中国発展観察」2012年第12期) 。これに関連し、これからの「城鎮化」はこれまでのそれと異なり、経済の発展効率・発展のけん引力の問題であるだけでなく、「市民化」すなわち発展の公平の問題でもあり、戸籍制度の改革、またこれに関連して農民工への基本的公共サービスの提供等の面での改善の必要性を指摘する専門家も多い (上述「中国発展観察」、12月17日付人民日報等) 。上述の都市化率51.27%に対し、非農業戸籍人口比率は34.5%にすぎず、都市部に定住しているが農村戸籍のままの者が多いことが統計上も明らかとなっている。また「城鎮化」は、農村地域自体の社会インフラ整備や産業育成を通じて、そこでの生活環境を都市部と同程度のものへ改善していくことも念頭にあると思われるが、中期的にはこちらの側面がより重要になってこよう。
問題は今後、特に上記4、5、6のような既得権益にぶつかる問題を具体的にどのような政策をもって実現していくかである。例えば、すでに何年も前から検討され、2012年中には発表されるのではないかと伝えられてきた所得分配改革に関する報告書は、国有企業幹部の高額な報酬を制限することに対する強い抵抗 (12月20日付環球時報) 等、おそらく既得権益層の反対から意見がまとまらず、なお発表に到っていないことも見ても、今後の政策運営の困難さが予想される。他方で現地報道等から、改革を進めていく (いかざるを得ない) 認識が中国国内で以前にも増して強まっていることもうかがえる (12月17日付人民日報) 。工作会議のもうひとつのキーワードとして「機会を捉えること (用好機遇) 」、すなわち中国経済は現在、投資・輸出主導の伝統的な成長パターンから、内需拡大、イノベーション能力の向上を通じて発展方式の転換を図る時期に直面していることをよく理解し、この挑戦的な機会を捉えることが重要と主張されていること、また中央政府が「頂層設計」、すなわち地方政府、各行政部門等様々な層が全体として積極的に改革を進めていくという概念を、新たなスローガンとして定着させようとしているように見られることである。この点は、中央が方針を決定してもなかなか地方政府等の各段階でそれが実行されないという、以前から指摘されている問題に対する認識・危機意識が中央で強まっていることを示すものだ (実際にも例えば、中央が方針を決めても地方政府や各行政部門が動かないため、なかなか進まない各産業分野への民間資本の参入について、2012年に入って、こうした問題意識からの改革の動きが見られている。10月31日付アジアンインサイト) 。
新指導層、とりわけ習近平総書記が志向する経済政策、経済に対する基本的な考え方がどのあたりにあるのか、中国の学者と議論しても実はなおよくわからないところがある。習新総書記については、これまで総書記に選出されるまでの間は慎重な言動に終始し、経済についても明確な言及を控えてきたという側面もあろう。便宜的に成長重視派か構造改革重視派かと区別し、仮に習総書記が成長重視派であるとしても、中国経済が様々な意味で転換点を迎えており、少なくともこれまでのような成長一辺倒のままでは立ち行かなくなるとの認識が、新指導層全体として強まっていることは確かだろう。その意味で、好むと好まざるとに関わらず、改革を進めていく、あるいはいかざるを得ないということではないか。胡錦濤・温家宝政権の過去10年は、グローバル金融危機等もあったが、極端に言えば、何もしなくても高い成長が達成でき、そのため底辺もそれなりに底上げされることによって、社会不安が決定的に顕在化することは避けられた時期だったが、新政権の今後5年、あるいは10年がまたそのような幸運な時期となる可能性はきわめて低い。
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