大和総研コラム

なぜ成長戦略のKPIはROEではなくROAなのか

  • 経済
  • 掲載日 : 2017年6月13日
  • 大和総研金融調査部 主任研究員 太田珠美

政府が新たな成長戦略である「未来投資戦略2017-Society 5.0の実現に向けた改革-」を公表した (2017年6月9日閣議決定) 。日本の長期停滞を打破し、中長期的な成長を実現していく鍵として「第4次産業革命 (IoT、ビッグデータ、人工知能 (AI) 、ロボット、シェアリングエコノミー等) のイノベーションを、あらゆる産業や社会生活に取り入れることにより、様々な社会課題を解決する『Society 5.0』を実現すること」を掲げている。
新たな成長戦略には、「『形式』から『実質』へのコーポレートガバナンス・産業の新陳代謝」が盛り込まれ、そのKPIとして「大企業 (TOPIX500) のROA について、2025 年までに欧米企業に遜色のない水準を目指す」が設定された。ROA (Return On Asset) は企業の収益性を測る指標であり、利益÷総資本で算出する。利益には事業利益 (営業利益+支払利息) もしくは経常利益を用いることが一般的である。

安倍政権下のコーポレートガバナンス改革においては、これまでROE (Return On Equity) の向上が意識されてきた。ROEは当期純利益÷株主資本という計算式からもわかるとおり、株主が投資した資金に対する利益率を測る指標である。一連のコーポレートガバナンス改革の成果として、例えば日本版スチュワードシップ・コードの導入を契機に、ROEが低い投資先企業に対して役員選任議案に反対票を投じたり、議決権行使結果の個別開示を実施する機関投資家が増え、またコーポレートガバナンス・コードの導入を契機に、経営目標にROEを入れる企業が増えるといった動きが見られた。

ROAもROEも企業の収益力を測る指標であるが、成長戦略のKPIに、これまで重視されてきたROEではなく、ROAが設定されたのはなぜだろうか。計算上、ROEは分子の当期純利益が増えていなくても、株主資本を減らして分母を小さくすれば上昇することになる。例えば、自社株買いをすればROEは上昇することになる。そのため、近年ではリキャップCB (転換社債を発行して調達した資金で自社株買いを実施すること) を利用する企業が増えた。リキャップCBの利用に対しては、投資家から批判の声もあがっている。将来的に株式に転換される (つまり再び負債が減り、株主資本が増える) 可能性があることや、自社株買いを実施する原資としてCB により調達した資金が適切なのか、といったことなどに疑問を感じる投資家も少なくないようだ。東京証券取引所は2017 年3月に「資本政策に関する株主・投資家との対話のために~リキャップCBを題材として~」を公表し、上場企業に対して利用上考慮すべき事項を提示している。ROAも、例えば現預金を用いて自社株買いを実施すれば、分母の総資本が小さくなるので (企業の利益が増えなくとも) 上昇し得る。しかし、ROEに比べれば、企業の資本政策で利益率を調整する余地は相対的に小さい。

第4次産業革命の急速な進展など、企業を取り巻く経営環境が変化する中、企業の“稼ぐ力”を強化することは急務である。今回、成長戦略のKPIとして、ROEではなくROAが示された背景には、“稼ぐ力”を測るためには計算式の分子である“利益”の増加が重要であり、企業の資本政策による調整の余地を可能な限り小さくしようという判断が働いたのかもしれない。


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