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2016年7月6日

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最近よく耳にするヘリコプターマネー~その内容と実現可能性は~

ヘリコプターマネー
(写真=PIXTA)

「日本銀行の次の追加緩和は、マイナス金利拡大よりもっと強烈な『ヘリコプターマネー』かもしれない」――最近、金融市場で密かにささやかれている噂を海外メディアが発信して話題を呼んでいる。

日本のメディアでも報じられるようになってきた「ヘリコプターマネー」だが、いったいどのような意味なのだろうか。実際に日本銀行が実行した場合、日本経済にはどのような影響があるのか。ヘリコプターマネーの意味とその可能性、影響について展開されている主張を紹介することで理解を深めていただきたい。

日本が先進国初のヘリコプターマネー導入国になる ?

ヘリコプターマネーとは、文字通りヘリコプターからお金をばらまくような金融政策のことだ。もともとノーベル経済学賞を受賞し米国のミルトン・フリードマン氏が、1969年に提唱した金融政策の一つだ。経済用語でいうところの「マネタリーファイナンス (財政ファイナンス) 」、日本語では「債務の貨幣化」ともいわれる。

簡単にいうと、中央銀行に直接国債を引き受けさせることで、意図的にインフレを喚起してデフレ脱却、景気回復を図る経済政策のことだ。フリードマン氏は発表した論文「最適貨幣量」の中で、政府が新たに印刷した貨幣をヘリコプターからばらまくようなイメージで金融政策を実行すれば、インフレを生み出すことが可能だと主張した。

2008年に起きたリーマン・ショックは、世界の景気を大きく減速させた。FRB (米連邦準備制度理事会) のベン・バーナンキ議長は、リーマン・ショックの危機を乗り切るため、フリードマン氏の主張するヘリコプターマネーに近い金融緩和策、QE (量的緩和) 策を実行し、ゼロ金利脱却に成功した。

かつてデフレ経済に苦しむ日本に対しても、大胆な金融緩和を提案したことで知られており、以前から「ヘリコプター・ベン」とも呼ばれている。

米国が実施したQEは、中央銀行が新たに印刷して生み出した紙幣を使って国債を購入する方法だ。中央銀行が国債を買い入れることで金利を下げ、政府は財政出動をして景気を刺激するものである。政府の財政出動は政府債務を増やし、金利を押し上げて民間投資を損なう恐れがある。また、国民生活も、政府の増税を恐れて消費を減らすことが想定される。

周知のように、現在進行中のアベノミクスでは中央銀行の日本銀行が年間80兆円の日本国債を買い取っているが、あくまでもQEの一環で、厳密にはヘリコプターマネーとはいえない。2年でインフレ2%を達成するという当初の目標も、延長に次ぐ延長で成果は見えていないという声が上がっているのだ。

そこで浮上してきたのが、日本銀行によるヘリコプターマネーの実施だ。仮に実施されれば、先進国では史上初めてのヘリコプターマネーの導入になる。

究極の金融緩和策だが「副作用」も計り知れない ?

フリードマン氏は、政府が十分な紙幣を印刷してヘリコプターからばらまくような金融政策を行えば、必ずやデフレから脱却してインフレとなり、景気は上向くはずだと主張した。実際、最近はヘリコプターマネーを推奨するエコノミストも現れている。FSA (英金融サービス機構) 長官だったエコノミストのアデア・ターナー氏も著書「債務と悪魔のはざまで」 (2015年) で、ヘリコプターマネーを推奨している。以下、ヘリコプターマネー推奨派の主張をみていこう。

ヘリコプターマネーと通常のQEとの違いは、簡単にいえば前者は政府の財政負担にならないということだ。中央銀行の買い切りや無期限の償還などによって、政府ははじめて無制限に国債を発行できる。

現在のアベノミクスのQEでは年間80兆円の国債を買い取り、政府は日銀に利息を支払い、そう遠くない将来には国債の元本を償還しなければならない。

ところが、ヘリコプターマネーは中央銀行が無制限に政府の国債を買い取るもので、返済も期限がない。まさに「債務」を貨幣にしてばらまいてしまおうという政策だ。政府は日銀が引き受けてくれた国債によって莫大なマネ―を得て、まさにヘリコプターからお金をばらまくように市中のあらゆる部分に潤沢に資金を提供することになる。たとえば、ある日突然、政府から1軒当たり30万円分のプリペイドカードが送られてくる。有効期間は1年だが、店舗などあらゆる場所で使うことができるため、その資金で好きな物を買ったり、美味しい物を食べたり、旅行に行ったりすることが可能になる。

景気は良くなり、インフレにはなるがコントロールできないこともない。実際に、米国は第2次世界大戦時の戦費調達のために、FRBが国債利回り2.5%を超えないように配慮しつつ、国債の大半を買い切って資金を提供した。FRBの債券保有高は開戦以前に比較して10倍近くにまで膨らんだものの、極端なインフレなどの後遺症はなかった。1929年の大恐慌以降の景気低迷を、米国は第2次世界大戦ではじめて克服したともいわれている。日本でも、1931年に発足した犬養毅内閣の高橋是清蔵相が、国債の日銀引き受けによる財政拡張政策を断行し、金本位制からの離脱や円切り下げの政策と合わせて、世界に先駆けて景気回復、デフレ脱却を実現させている。これが、ヘリコプターマネー推奨派の考えだ。

ヘリコプターマネー反対論の主張とは ?

一方、ヘリコプターマネーの実行は1920年代にドイツで起きたような「ハイパーインフレ」を招くとする考え方も根強い。国債の金利を暴騰させて、通貨を暴落させる。食料とエネルギーの大半を輸入に頼る日本のような国家は、あっという間に円安が暴走して輸入物価の急騰を招き、ハイパーインフレを引き起こすことに警鐘を鳴らしているわけだ。日本も、対中戦争に突入した30年代後半以降は、軍部の暴走を財政面で抑えることができなくなってしまった。そのまま太平洋戦争に突入し、45年の敗戦直後、年間500倍というハイパーインフレを経験しているという論理展開で反対されることが多い。暴走し始めたインフレを止める手段はそうそうあるものではない。1990年代に始まったジンバブエのハイパーインフレは、最終的には自国の通貨を捨てて米ドルを自国通貨とすることで乗り切らざるを得なかった。ハイパーインフレになれば、少なくとも企業が保有する資産も含めて、国民の金融資産の大半は紙くずと化すという考えだ。

日本はもはや実質的なヘリコプターマネー状態 ?

そんな状況の中で現在、日本銀行が次期追加緩和策の方法として、ヘリコプターマネーを導入するのではないかという期待と懸念が交錯している。実際問題、マイナス金利を導入した日本銀行では、利息なしの国債を償還期限なしで発行しているのと変わりなく、実質的にヘリコプターマネー導入状態でないのかともいわれている。

とはいえ、日本銀行のヘリコプターマネーには大きな問題があるとされている。日本では、法律で明確に「財政ファイナンス」が禁止されている。財政法第5条により、国債を市中で消化することが義務付けられており (国債の「市中消化の原則」) 、実行するためには超法規的措置を取らざるを得ない。この部分を日本銀行がどうするのかに注目が集まっている。

この点に関して、黒田日銀総裁はヘリコプターマネーについて「考えたこともない」と発言している。ちなみに、ドラギECB (欧州中央銀行) 総裁は4月21日の記者会見で「検討したことはないが、興味深いコンセプトだ」という趣旨の発言をして話題になった。

英国エコノミスト誌が提唱した方法に、日銀が保有する300兆円の国債を債権放棄して、その資金を国民にばらまくというものある。日銀法には想定されていない方法だが、財政ファイナンスをするぐらいなら、こちらの方がまだましという考え方もある。

いずれにしても、コントロール可能なヘリコプターマネーがあるのか。打つ手がなくなりつつある日本の金融政策は、まさに大きな岐路に立ち始めている。今後の日銀の金融政策に注目だ。

(提供:株式会社ZUU)

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